コミュニケーションは億劫
ワタシは昔からコミュニケーションが苦手です。
飲み会や人が集まる場所はできるだけ避けてきました。
でも、ある程度の年齢にもなると、そういうのも気にならなくなります。
むしろ、人付き合いの煩わしさから距離を取れることに、
ちょっとした気楽さを感じるくらいです。
ところが、結婚して子どもを持つと、そうもいきません。
自分ひとりなら避けてきた場面にも、
「娘のパパ」という肩書き で出席する機会が増えた。
運動会、発表会、習い事の付き添い……。
そうなると、人見知りを全開にしているわけにはいかないのです。
娘や妻に迷惑をかけるわけにもいかないし、「ここは頑張るしかない」と腹をくくる。
するとどうだろう!意外と、パパたちと普通に話せます!
そして、たま〜に何かを誘ったりもします!
今回の記事は、そんなワタシが「人付き合い」について気づいたことです。
ワタシみたいに人付き合いは鬱陶しいけど、
立場上仕方ない…と思っている人にとっての参考になれば幸いです!
人付き合いを意識して気づく
先ほども書いたように、「話そうと思えば話せる」。
では、なぜ今まで避けてきた人付き合いが、ここではできるのか?
① パパや夫としての使命感
まず、「娘の父親」「夫」という立場がある以上、
あまりにも人見知りを前面に出すのはよくないと考えました。
娘の学校行事や習い事の場では、まったく交流しないわけにもいきません。
② 相手も「誰かのパパ」という共通点がある
話す相手も、同じように子どもを持つ父親。
共通の話題があるため、会話が自然と成り立ちます。
③ 環境的に話す機会が多い
学校行事はたまにですが、娘の習い事は週5回。
ワタシが毎回付き添うわけではないものの、行くと他のパパの姿は一人か二人程度。
こうなると、自然と顔を合わせる回数が増え、
何度か挨拶を交わせば会話に発展する流れになります。
また、子どもが同じ習い事をしているので、話題には困りません。
何度か話しているうちに、相手のことを少しずつ知り、興味が湧いてくる。
すると、自然と会話も続きます。
④ 「興味を持てる相手」がいたからこそ
小・中・高と、クラスの端っこでムスッと過ごしてきたワタシが、
今では人付き合いをしている。
きっかけは使命感ではあるけど、無理をしているわけではありません。
むしろ、無理なく会話ができていることに驚いています。
そこで気づいたのは、
「今まで興味を持てるような相手に出会ってこなかっただけでは?」
こう考えると、人付き合いに対する抵抗も少し軽くなる。
「ワタシはコミュニケーションが苦手」と思い込んでいましたが、
環境次第で意外と変わるものなのかもしれません。
こう思うのがメンタル的にも良い!
環境が変われば、関わり方も変わる
今までは、一人でいることに問題はありませんでした。
苦手な場所には行かなければいいし、それによって周囲にどう思われようと、
ワタシが気にすることはありません。
しかし、結婚し子どもを持つと、「変わらなければ」と思う場面が出てきます。
ですがベースはワタシです…そこは崩しません(笑)
急にフレンドリーなヤツになれませんし、この先もムリです(笑)
挨拶はしますが、声は小さめで、軽くニコッと会釈する程度。
それでも、ワタシ的には大きな進歩です!
このスタイルでも、今のところ特に問題はありません。
せいぜい、妻に「ちゃんと挨拶して!!」と注意されるくらいです。
それでも、ワタシが1人で習い事の付き添いに行き、自然にパパたちと話したり、
連絡先を交換したりするようになりました。
娘の習い事がバスケットボールなので、
”実はバスケをやりたいorやっている”パパもいます。
ワタシもバスケをしているため、そこをきっかけに誘ったりすることもあります。
それでも妻には、「もっと愛想良くして」と言われますが、妻が愛想良すぎるのです。
休日の予定が、すべて友達との予定で埋まっているような妻なので、
そもそもワタシとは根本的に違います。
だからこそ、ワタシはワタシなりに、無理をせずバランスを取りながら、
家族のためにコミュニケーションを頑張れているのかなと思います。
無理しない範囲で頑張ればいい
ワタシと同じように、人付き合いを鬱陶しいと感じながらも、
必要だから仕方なくやっている人もいるでしょう。
でも、ワタシのように
「興味が持てる相手がいると変わる」こともあるかもしれません。
無理をしすぎる必要はありませんが、ほんの少しだけ頑張ってみることで、
意外と人付き合いが楽になることもあるかもしれません。
とはいえ、無理なら無理で大丈夫だと思ってます(笑)